Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
「…ここは…どこだ?」僕、ショウはゆっくりと目を開けた。見慣れない白い天井、消毒液の匂い。最後に見た景色は、燃え盛る炎だったはずなのに。
周囲を見渡すと、そこはまるで病院の個室のようだった。窓から差し込む光は柔らかく、しかしどこかぼんやりとしている。
突然、優しい声が聞こえた。顔を上げると、若い女性が微笑んでいた。「あなたは死んで、ここに運ばれてきました」
「死んだ…?」信じられなかった。自分が、もうこの世にいないなんて。
彼女は自己紹介をした。名前は成香(なるか)。この療養所で、僕のような死後に迷い込んだ魂のケアをしているのだという。
「あなたは今、受容の段階にあります。ゆっくりと、ご自身の死を受容してください」
成香はそう言うと、優しく微笑んだ。しかし、僕の心は凪いだ海面とは裏腹に、激しい嵐が吹き荒れているようだった。
僕は、妻からの長年の虐待に耐えかねて、息子を残して焼身自殺したのだ。
現実世界では、もう二度と息子に会うことはできない。それを受け入れられるはずがなかった。
療養所での生活は、現世とほとんど変わらなかった。朝食、昼食、夕食、そして自由時間。ただ一つ違うのは、誰もが死んでいるという事実だけだった。
僕は、部屋に引き籠もるようになった。体調が悪い、と嘘をついて。成香は心配してくれたが、僕は心を閉ざし続けた。
死んだら楽になると思っていた。しかし、死後の世界には死後の世界なりの苦しみがあることに気付いてしまった。
それは、死にたくても死ねないという残酷な事実だった。
ある日、成香がいつもより深刻な顔で僕の部屋を訪ねてきた。「ショウさん、少しお話してもいいですか?」
僕はため息をつきながらも、彼女を部屋に通した。どうせ、いつものように僕を励ますのだろう、と思っていた。
「ショウさん、あなたは…どうして死んだんですか?」
その質問に、僕は動揺した。まるで、隠していた心の傷をえぐられるような痛みを感じた。
「無理にとは言いません。でも、もし話せるようになったら、教えてください。それが、あなたが前に進むための第一歩になるはずです」
成香はそう言うと、静かに部屋を出て行った。彼女の言葉が、僕の心に小さな火を灯した。
それから数日後、僕は意を決して、自分の死因について、少しずつ成香に語り始めた。
虐待されていたこと、孤独だったこと、そして、最愛の息子を置いて自殺してしまったこと…
話しているうちに、今まで押し殺していた感情が溢れ出した。涙が止まらなかった。
成香は、何も言わずにただ僕の話を聞いてくれた。そして、最後にこう言った。「つらかったですね」
その一言が、僕の心の氷を溶かした。僕は子供のように泣きじゃくった。
それから、僕は少しずつ変わっていった。療養所の仲間たちと話をするようになった。庭を散歩するようになった。そして、何よりも、成香との会話が僕の心の支えになった。
成香は、僕の過去を否定することも、責めることもなかった。ただ、僕の存在を認めてくれた。
彼女のおかげで、僕は少しずつ、自分が死んだという事実を受容し始めた。
しかし、過去は簡単には消えない。時々、夢の中に妻が現れ、僕を苦しめる。そして、息子の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
夢から覚めて、汗だくになっている僕に、成香が心配そうに声をかけた。
「この療養所には、死後の世界と現実世界をつなぐ窓があるんです。ただし、見えるのは、ごく短い時間だけですが…」
僕は、成香に連れられて、療養所の奥にある特別な部屋に向かった。そこには、不思議な光を放つ、大きな窓があった。
「これが、現実世界とつながる窓です。ただし、見えるのはほんの一瞬だけ。心して見てください」
僕は、窓に近づき、息を呑んだ。窓の向こうには、見慣れた風景が広がっていた。僕が住んでいた街並み、通っていた公園、そして…
一人の少年が、公園のベンチに座っていた。彼は、ぼんやりと空を見上げている。その姿は、まるで僕が死んだ日の息子のようだった。
成香の声が、僕の耳に届いた。僕は、息子の名前を叫びたかった。抱きしめたかった。しかし、声は出なかった。
その時、息子が立ち上がった。そして、ゆっくりと、こちらを向いた。
目が合った。その瞬間、僕はすべてを理解した。彼は、僕を探しているのだ。僕の死因を知り、僕のいる場所を探しているのだ。
すると、成香が僕の手を握った。「大丈夫です。きっと、あなたの思いは届きます」
窓が光を失い、現実世界の景色は消えた。僕は、膝から崩れ落ちた。
しばらくして、僕は顔を上げた。涙は止まっていた。そして、心に、確かな決意が宿っていた。
「僕は、この療養所で、僕と同じように苦しんでいる人たちを助けたい。自分が経験した苦しみを、誰にも味あわせたくないんだ」
成香は、嬉しそうに微笑んだ。「きっと、素晴らしいことができると思います」
僕は、死後の世界で、新たな目標を見つけた。それは、誰かの心を救うこと。過去の罪を償うこと。そして、いつか、息子に会えることを信じること。
こうして、僕は灰色のリハビリから抜け出し、少しずつ、色を取り戻していくことになるのだ。
その後、ショウは療養所でボランティア活動を始めた。彼は、自分の過去を隠すことなく、他の魂たちに語りかけた。彼の言葉は、多くの人々の心を癒し、勇気を与えた。
彼はまた、現実世界と繋がる窓を使って、息子を見守り続けた。息子は成長し、立派な大人になった。彼は、父の死を乗り越え、自分の道を歩んでいた。
ある日、ショウは窓から、息子が結婚するのを見た。彼は、涙を流しながら、心の中で祝福した。
そして、いつか、死後の世界で息子と再会できることを信じて、今日も療養所で魂のリハビリに励んでいる。
ショウの死因となった虐待をしていた妻は、深い後悔の念に苛まれながら死に、同じ療養所にたどり着いた。ショウは妻を受容することはできなかったが、彼女が自分の罪と向き合い、償うことができるようにサポートした。
やがて、ショウは療養所の管理者から、死後の世界における重要な役割を担うよう命じられた。彼は、死と受容の狭間で苦しむ魂たちを導き、新たな死後の世界のあり方を創造する使命を帯びた。
ショウは、過去の苦しみを乗り越え、愛する息子を見守りながら、死後の世界で新たな人生を歩み始めた。彼の物語は、死は終わりではなく、新たな始まりであることを教えてくれる。
ショウが管理者から伝えられた死後の世界における重要な役割とは、転生を希望する魂たちのカウンセリングだった。転生を拒み、現世に未練を残す魂たちの心のケアを行い、それぞれの望む道へ進めるように導くのだ。
「あなたの死因は何でしたか?」ショウは静かに尋ねた。向かいに座る若い女性は、顔を歪めて泣き出した。「いじめ…です。死ぬしかなかったんです…」ショウは優しく女性の肩に手を置いた。「辛かったですね。でも、あなたはもう一人ではありません。」
ショウは過去の自分と重ね合わせながら、女性の話に耳を傾けた。そして、受容と希望の光を与え、新たな一歩を踏み出す勇気を授けた。
このようにして、ショウは数多くの魂を救い、死後の世界に光をもたらしていった。彼の死は無駄ではなかった。彼は、死後の世界でこそ、本当の意味で生きることができたのだ。
今でも時折、息子が夢に出てくる。優しい笑顔の息子を抱きしめるたび、胸が締め付けられるような思いがする。しかし、ショウはもう過去の自分ではない。彼は、息子が幸せに生きていることを信じ、死後の世界で自分の使命を果たし続けるだろう。
そしていつか、死後の世界で息子と再会できることを、心から願っている。その時こそ、本当の意味で過去を受容し、新たな未来へと歩き出せるだろう。
たとえ、それがいつになるかわからなくても…。ショウは微笑み、今日もまた、新たな魂のリハビリに臨むのだ。