永遠の孤独と再会の物語

Drama 21 to 35 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

気が付くと、僕は見慣れない白い天井を見上げていた。ここはどこだ? まるで病院のようだ。いや、病院なのか? ぼんやりとした意識の中で、最後に見た光景を思い出そうとする。
…炎だ。燃え盛る、赤とオレンジの悪夢のような炎。そして、耐え難い熱さ…。
そうだ、僕は…死んだんだ。
一体何が起こったんだ? 死因は何だったのだろう? 全く思い出せない。ただ、強烈な絶望感が胸を締め付けている。
「あ、気が付かれましたか?」
突然、優しい声が聞こえた。顔を上げると、白い制服を着た若い女性が、心配そうに僕を見つめていた。
「ここは死後の世界にある療養所です。あなたはそこで、心と体のケアを受けることになります」
死後の世界…療養所…? まるで現実味が無い。でも、周りの風景を見渡すと、どこか現実離れした雰囲気がある。透明な壁、柔らかい光、そして、どこまでも続く静寂。
女性は、僕を部屋まで案内してくれた。部屋はシンプルだが清潔で、大きな窓からは、見たこともないような美しい景色が広がっている。
「何かご不明な点はありますか?」
「…僕、一体何をして…なぜ、ここにいるんですか?」
女性は少し悲しそうな表情になった。「それは、少しずつ思い出していくことになります。焦らないでください」
その日から、療養所での生活が始まった。毎日、決まった時間に食事が出て、カウンセリングを受け、時には他の患者と交流することもあった。
しかし、僕はどうしても、心の底から受容することができなかった。自分が死んだ事を。生きているときから抱えていた孤独感が、さらに増幅され、完全に心を閉ざしてしまった。
他の患者が楽しそうに談笑しているのを見ても、僕はどうしても輪の中に入ることができなかった。まるで、僕だけが別の世界にいるかのように感じられた。
そして、いつの間にか、僕は自分の部屋に引きこもるようになった。食事の時間になっても部屋から出ず、誰とも話さず、ただひたすら、過去の記憶を辿ろうとした。
一体何がきっかけで、僕はこんなにも絶望してしまったのだろうか? 何をそんなに苦しんでいたのだろうか? しかし、記憶は断片的で、なかなか繋がらない。
そんな生活が、8年間も続いた。
8年間、僕は誰とも話さず、自分の殻に閉じこもっていた。療養所のスタッフも、最初は僕を励まそうとしてくれたが、次第に諦めてしまったようだった。
死んだら楽になると思っていた。しかし、死後の世界には死後の世界なりの苦しみがあることに、僕は気付いてしまったのだ。それは、死にたくても死ねないという、残酷な事実だった。
「コンコン」
ある日、部屋のドアがノックされた。誰だろう? 8年間も誰とも話していないのに…。
「…どうぞ」
ドアが開くと、そこに立っていたのは、今まで見たことのない若い女性だった。彼女は、他の療養所のスタッフとは違い、どこか親しみやすい雰囲気を漂わせていた。
「こんにちは。私の名前は成香(なるか)です。今日から、あなたの担当をさせていただきます」
成香は、にっこりと微笑んだ。その笑顔は、まるで太陽のように明るく、僕の凍り付いた心を少しだけ溶かしてくれたような気がした。
「あの…僕はショウと言います」
8年ぶりに自分の名前を口にした。声はかすれていて、まるで別人のように聞こえた。
「ショウさん、よろしくお願いします。…あの、もし差し支えなければ、少しだけお話しませんか?」
僕は、一瞬迷った。でも、成香の優しい眼差しに、拒絶することができなかった。
「…はい」
成香は、僕の部屋に座ると、穏やかな口調で話し始めた。彼女は、僕の過去について詮索することもなく、ただ、僕の話に耳を傾けてくれた。
最初は、何を話していいのか分からなかった。でも、話しているうちに、心の奥底に溜まっていた感情が、少しずつ溢れ出してきた。
僕は、自分がどれほど孤独を感じていたか、どれほど苦しんでいたか、そして、どれほど自分が死んだ事を受け入れられずにいたかを、成香に打ち明けた。
成香は、僕の言葉を一つ一つ丁寧に受け止め、優しく励ましてくれた。彼女は、僕の痛みを理解しようとし、僕に寄り添ってくれた。
成香との出会いをきっかけに、僕は少しずつ変わっていった。彼女は、毎日僕の部屋に来て、話を聞いてくれたり、一緒に散歩に出かけたりしてくれた。
療養所の庭は、色とりどりの花で溢れていて、とても美しかった。僕は、花の名前や育て方について、成香から教えてもらった。
8年間、一度も外に出なかった僕にとって、庭を散歩することは、まるで新しい世界を発見したかのような体験だった。
ある日、成香は、僕に尋ねた。「ショウさんは、どうして死んでしまったんですか?」
僕は、ドキッとした。その質問には、ずっと向き合わないようにしていたからだ。しかし、成香は、優しい眼差しで僕を見つめていた。
「…実は、よく覚えていないんです。ただ、最後に見た光景は、燃え盛る炎でした」
「そうですか…。無理に思い出さなくても大丈夫ですよ」
成香は、そう言って微笑んだ。しかし、僕は、どうしても死因を思い出さなければならないと思った。過去と向き合わなければ、僕は前に進むことができない。
その日から、僕は、積極的に過去の記憶を辿るようになった。夢の中に現れる断片的な映像、頭の中に響く誰かの声、そして、胸を締め付けるような痛み。
ある日、僕は、激しい頭痛に襲われた。目の前が真っ暗になり、意識が遠のいていく。そして、僕は、ついに死因を思い出した。
僕は… 焼身自殺したのだ。
最愛の息子を残したまま…。
罪悪感が、津波のように押し寄せてきた。僕は、息子を一人残して、死んでしまったのだ。なんてことをしてしまったんだ…。
僕は、泣き崩れた。後悔と自責の念で、心が張り裂けそうだった。
成香は、僕を抱きしめ、優しく慰めてくれた。「ショウさんは、もう十分苦しみました。自分を責めないでください」
しかし、僕の心の痛みは、なかなか消えなかった。息子に会いたい。謝りたい。もう一度、抱きしめたい…。
「成香さん、僕、息子に会いたいです」
僕は、涙ながらに訴えた。成香は、少し困ったような表情になった。「…それは、難しいかもしれません。でも、何か方法を探してみます」
成香は、療養所の所長に相談したり、他のスタッフに話を聞いたりして、僕が息子に会える方法を探してくれた。しかし、なかなか良い解決策は見つからなかった。
そんな中、ある情報が入ってきた。それは、特殊な方法を使えば、一時的に現世に意識を飛ばすことができる、というものだった。
ただし、その方法は非常に危険で、成功する確率は低いという。それでも、僕は、その方法に賭けることにした。どうしても、息子に会いたかったからだ。
準備には時間がかかったが、ついに、決行の日がやってきた。僕は、療養所の地下にある特殊な施設に運ばれ、いくつかの装置に繋がれた。
成香は、心配そうな表情で僕を見つめていた。「ショウさん、本当に大丈夫ですか? 無理はしないでください」
「大丈夫だよ、成香さん。ありがとう」
僕は、微笑んだ。そして、深く息を吸い込んだ。意識が遠のいていく…。
次に意識を取り戻したとき、僕は、見慣れない場所に立っていた。そこは、僕が死んだ場所だった。焼け跡には、新しい建物が建っていたが、当時の光景を鮮明に思い出すことができた。
僕は、息子の名前を呼んだ。しかし、誰も答えない。あたりを見回すと、一枚の写真が落ちているのが見えた。
写真を拾い上げて見てみると、そこには、幼い頃の息子と、僕の笑顔が写っていた。涙が、ポロポロと溢れ出してきた。
「お父さん…」
突然、背後から声が聞こえた。振り返ると、そこには、大人になった息子が立っていた。
息子は、僕の顔をじっと見つめ、信じられないといった表情をしていた。「お父さん、本当に、お父さんなの…?」
「ああ、ショウだ… 大きくなったな…」
僕は、駆け寄り、息子を抱きしめた。8年間、ずっと会いたかった息子を、やっと抱きしめることができたのだ。
息子は、涙ながらに僕に言った。「お父さん、ずっと、会いたかったよ。どうして、あんなことをしてしまったんだ…?」
僕は、息子に謝った。自分が犯した罪を、深く悔いていることを、正直に伝えた。
「ごめん…本当にごめん。お前を一人残して…」
息子は、首を横に振った。「もういいんだ、お父さん。こうして、会えただけで、嬉しいんだ」
僕と息子は、しばらくの間、言葉を交わし、お互いの近況を報告し合った。息子は、立派な青年になっていた。仕事も順調で、素敵な恋人もいるそうだ。
しかし、話しているうちに、僕は、息子がどこか無理をしていることに気付いた。彼の笑顔は、どこか寂しげで、僕を安心させようとしているように見えた。
「お父さん、僕も、もうすぐそっちに行くよ」
突然、息子がそう言った。僕は、ドキッとした。彼の言葉の意味を、すぐに理解したからだ。
「何を言っているんだ! ダメだ! 絶対に死ぬな!」
僕は、大声で叫んだ。息子の手を掴み、必死に訴えた。「生きてくれ! お前には、まだ未来がある! 幸せになってくれ!」
息子は、悲しそうな表情で僕を見つめた。「でも、お父さん、僕は、お父さんがいない世界で、生きていく自信がないんだ」
「そんなこと言うな! 俺がいなくても、お前はきっと大丈夫だ! 強い子だと信じている! 生きろ!」
僕の声が、あたりに響き渡った。すると、突然、目の前が真っ白になり、意識が遠のいていく…。
気が付くと、僕は、療養所のベッドに横たわっていた。成香が、心配そうな表情で僕を見下ろしていた。
「ショウさん、大丈夫ですか? 一体何があったんですか?」
僕は、すべてを話した。息子に会えたこと、そして、息子が死のうとしていることを。
成香は、僕の話を聞き終えると、優しく微笑んだ。「ショウさんの思いは、きっと息子さんに届きます。諦めないでください」
それから、僕は、毎日、息子に手紙を書いた。手紙には、自分の思い、そして、息子の未来への希望を綴った。手紙は、特別な方法で、現世に送られた。
数週間後、息子から手紙が届いた。手紙には、こう書かれていた。
「お父さん、ありがとう。お父さんの手紙を読んで、目が覚めました。僕は、生きることを諦めません。お父さんの分まで、精一杯生きます」
僕は、手紙を握りしめ、涙を流した。息子は、僕の思いを受け止めてくれた。そして、未来に向かって、力強く歩き出してくれた。
療養所での生活は、まだ続いている。しかし、僕は、もう孤独ではない。成香という、大切な友人ができた。そして、何よりも、息子が生きている。それだけで、僕は、十分に幸せなのだ。
いつか、息子が死んで死後の世界で再会できる日が来るかもしれない。その時は、きっと、笑顔で迎えたい。それまで、僕は、死後の世界で、息子を見守り続けよう。
そして、死因となった過去の焼身自殺と向き合い、残された時間を、息子のために生きていこうと心に誓った。