死後の療養所:過ぎ去った愛と再生の物語

Drama 21 to 35 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

僕はショウ。とある出来事から死んでしまい、死後の世界で目を覚ました。性別は男。一人称は『僕』。
転生することも出来ず、僕は現世とほとんど変わらない死後の世界の『療養所』へと向かうことになった。
生前は小さなIT企業でプログラマーとして働いていた。仕事はそれなりに好きだったけれど、家での時間が苦痛だった。
まさか死んだ後もこんな場所に来ることになるとは思わなかった。
(療養所の受付にて)「ショウ様ですね。こちらが個室の鍵になります。何かご不明な点がありましたら、いつでもお声がけください」
療養所の個室は、生前の僕が住んでいた狭いアパートよりもずっと快適だった。しかし、心は満たされない。
ここでも僕は幸せになれない。生きている時から抱えていた孤独感は、死後の世界でさらに深くなっている気がした。
結局、僕は体調不良を言い訳に、療養所の個室に引き籠ってしまった。
頭痛、腹痛、軽い下痢… どれも精神的なものだろう。しかし、それを理由に人と関わることを避けた。
もう8年も経ってしまった。死んだら楽になると思っていたのに、死後の世界には死後の世界なりの苦しみがあることに気づいてしまった。
それは、死にたくても死ねないという、残酷な事実だ。
療養所の食事は3食きちんと用意される。でも、僕はほとんど食べなかった。味を感じないのだ。
ある日、ノックの音が聞こえた。「ショウさん、いらっしゃいますか?」
僕は無視した。どうせ誰かが間違えたのだろう。
しかし、ノックは止まらない。「ショウさん、少しだけお話しませんか?」
仕方なくドアを開けると、そこに立っていたのは見慣れない女性だった。
「初めまして、私は成香と言います。隣の部屋に住んでいるんです。ショウさんがずっと部屋に籠っているのが心配で…」
「別に、心配してもらわなくても結構です」僕は冷たく言い放った。
「そう言わずに、少しだけお話しませんか?私も、少し寂しいんです」成香は微笑んだ。
僕は、彼女の目に何かを感じた。抗うことができない、優しさのようなもの。
「…少しだけなら」
成香は部屋に入ると、周囲をきょろきょろと見回した。「まるで時間が止まっているみたいですね」
「どうせ死んだ世界だ。時間なんて意味がない」
「そんなことありません。死んだ世界だからこそ、時間の使い方は大切だと思います。だって、やり直せるかもしれないんですから」
「やり直す…?何を?」
「それは、ショウさん自身で見つけるべきだと思います。私は、そのお手伝いができたら嬉しいです」
それから、成香は毎日僕の部屋にやって来るようになった。色々な話をした。彼女の話、僕の話。もちろん、死んだ後の話も。
少しずつ、僕は自分のことを話せるようになっていった。誰にも話せなかった、心の奥底に隠していたこと。
ある日、成香が言った。「ショウさん、死んだことを受容していますか?」
受容…?どういう意味ですか?」
「つまり、自分が死んだという事実を、心から受け入れているかどうかということです。死んだことを認めないと、前に進めないんです」
僕は黙ってしまった。 死んだという事実を受け入れる… そんなこと、できるのだろうか。
「私はね、事故で死んだんです。トラックに轢かれて。最初は信じられませんでした。自分が死んだなんて」
「でも、時間が経つにつれて、少しずつ受け入れられるようになったんです。周りの人たちの助けもあって」
成香は続けた。「ショウさんも、きっと大丈夫。私も一緒にいますから」
成香の言葉に、僕は少し救われた気がした。彼女のおかげで、8年間出なかった個室から、外に出る事ができたのだ。
療養所の庭を散歩したり、食堂で一緒に食事をしたり… 生前では考えられないような、穏やかな日々だった。
それでも、時々、激しい頭痛に襲われた。それは、過去の記憶が蘇ろうとする兆候だった。
「どうしたの、ショウさん?顔色が悪いわよ」
「…少し、頭が痛いだけです」
「無理しないで。今日は、ゆっくり休みましょう」
夜、一人で部屋にいると、突然、鮮明な映像が頭の中に流れ込んできた。
それは、燃え盛る炎の映像だった。そして、妻の冷たい声が聞こえた。「どうして私を苦しめるの…!」
僕は、自分が焼身自殺をしたことを思い出したのだ。
(回想シーン)
妻との結婚生活は、最初こそ幸せだった。しかし、時間が経つにつれて、彼女は変わってしまった。
些細なことで怒り、暴言を吐き、暴力を振るうようになった。僕は、ただ耐えるしかなかった。
息子のためにも、別れるわけにはいかなかった。しかし、限界は近づいていた。
ある日、妻は言った。「お前なんか、死んでしまえばいいんだ!」
その言葉が、僕の心に火をつけた。僕は、衝動的に灯油を被り、火をつけた。
炎に包まれながら、僕は後悔した。こんなことをしても、何も解決しない。
しかし、もう遅かった。意識は遠のき、僕は死んだ
(回想シーン終わり)
自分の死因を思い出したことで、僕は激しく動揺した。 死ぬ前に自分が何を考えていたのか、後悔や絶望、すべてが鮮明に蘇ってきたのだ。
「なんてことをしてしまったんだ… 僕は、息子を一人残して、死んでしまったんだ…!」
僕は、自分の愚かさに打ちひしがれた。そして、再び部屋に引き籠ってしまった。
成香は、僕のことを心配して、毎日部屋を訪ねてきた。しかし、僕は誰とも話したくなかった。
そんな日が続いたある日、成香は静かに言った。「ショウさん、もう逃げないでください」
「…逃げてなんかいない」
「逃げているんです。過去から、自分自身から。 死因と向き合うことを恐れているんです」
「向き合ったって、何も変わらない。死んだ人間が、今さら何をできるんだ」
「できます。償いは、死んでからもできるんです。息子さんのために、できることがきっとあるはずです」
成香の言葉は、僕の心を揺さぶった。彼女の言うとおり、僕は逃げていたのだ。
自分の罪から目を背け、ただ孤独に閉じこもっていたのだ。
僕は決意した。 死んだ事を受け入れ、自分の死因と向き合い、そして、息子のためにできることを探そう。
まず、僕は息子に手紙を書くことにした。謝罪の言葉、後悔の言葉、そして、愛しているという言葉を。
手紙を書き終えると、僕は少しだけ心が軽くなった気がした。
しかし、それから数年後、僕は療養所のテレビで衝撃的なニュースを目にした。
それは、息子の事故死のニュースだった。彼は、父親と同じように焼身自殺を図ったのだ。
僕は、テレビの前で崩れ落ちた。「そんな… どうして…!」
息子も、死んでしまった。僕の後を追って、死後の世界に来てしまったのだ。
僕は絶望に打ちひしがれた。 死後の世界に来て、息子に会う事ができた。しかし彼は憔悴しきっていた。
息子に会うと、僕は何度も謝った。「ごめん、ごめん… お父さんが悪かったんだ」
息子は力なく笑った。「もういいんだよ。お父さんは悪くない。僕が弱かったんだ」
息子を抱きしめ、泣きじゃくった。彼の心に、絶望以外の感情が生まれる事を願って。
成香が、僕たちの元にやってきた。そして、優しく微笑んだ。
「ショウさん、息子さん。ようこそ、死後の世界へ」
成香は言った。「ここからが、本当のスタートです。3人で、やり直しましょう」
僕は、息子と成香の手を握りしめた。彼らがいれば、きっと、乗り越えられる。過去を乗り越え、罪を償い、そして、新しい未来を創造することができる。
息子の絶望を消し去り、3人で新しい家族として生きていくことを、僕は心に誓った。
まだ痛みはあるけれど、3人ならきっと大丈夫。そう信じている。
これは、死後の世界で出会った、3人の再生の物語。苦しみを超え、再び愛を見つける物語である。