死後の療養所、閉じた心、そして成香との出会い

Drama 21 to 35 years old 2000 to 5000 words Japanese

Story Content

僕はショウ。気がついたら、知らない場所にいた。白い天井、無機質な壁、微かに消毒液の匂いがする。ここはどこだ?
最後に見た光景は、自宅の庭で燃え盛る炎だったはずだ。まさか…ここが死後の世界なのか。
戸惑っていると、背後から優しい声が聞こえた。「目を覚まされましたか、ショウさん。ここは魂の療養所です」
振り返ると、天使のような微笑みを浮かべた女性が立っていた。長い金髪を靡かせ、白いワンピースを着ている。どこか儚げで、それでいて芯の強そうな目をしていた。
「療養所? 僕は一体…」
「あなたは死んでしまったんです。原因は…」女性は言葉を濁した。「ここでは、死因は重要ではありません。大切なのは、あなたが受容し、新しいスタートを切ることです」
「受容…? そんなの無理だ。僕は…」言葉が詰まる。胸の中に渦巻く感情は、絶望、後悔、そして…孤独。
彼女は優しく微笑み、「ゆっくりでいいんです。あなたのペースで。私たちは、いつでもあなたのそばにいます」と言った。
こうして、僕は死後の世界で、療養所での生活を始めることになった。しかし、現世で背負っていた孤独感は消えることなく、むしろ強まっているように感じられた。
生きていた時と変わらない日常。食事、睡眠、レクリエーション。まるで、生きているかのような感覚。だが、決定的に違うのは、もう二度と生き返れないという現実。
毎日、頭痛と腹痛、そして軽い下痢に悩まされた。医者に診てもらったが、原因は不明だと言われた。おそらく、心のストレスだろう。僕は、体調不良を言い訳に、個室に引き籠もってしまった。
死んだら楽になると思っていたのに、そんなことはなかった。ここにも、ここなりの苦しみがある。そして、一番の苦しみは、死にたくても死ねないという残酷な事実だった。
療養所での生活は、ただ時間だけが過ぎていく。気がつけば、8年もの月日が流れていた。僕は、相変わらず個室に引き籠もり、誰とも話さず、ただ天井を見つめていた。
そんなある日、コンコンとノックの音がした。「ショウさん、いますか? 少し、お話しませんか?」
声の主は、以前僕に話しかけてきたあの女性だった。名前は成香というらしい。
「僕は…体調が優れないんです。誰とも会いたくない」
「わかっています。でも、少しだけ、あなたの声が聞きたくて。8年間、ずっと待っていたんです」
成香の言葉に、僕は心が揺らいだ。誰かに必要とされている。そんな感覚を、久しぶりに感じた気がした。
意を決して、ドアを開けた。「少しだけなら…」
成香は、嬉しそうに微笑んだ。「ありがとうございます」
久しぶりに個室から出ると、廊下の空気が新鮮に感じられた。他の療養者たちは、楽しそうに談笑したり、庭を散歩したりしている。
成香は僕を庭に連れ出した。そこには、色とりどりの花が咲き乱れ、穏やかな風が吹いていた。
「綺麗ですね…」
「ええ、あなたもそう思いますか? 実は、この花壇は私が手入れをしているんです」
成香は、花の名前や育て方について教えてくれた。僕は、彼女の話に耳を傾け、心が安らいでいくのを感じた。
その日から、僕は少しずつ成香と話すようになった。彼女は、僕の心の奥底にある孤独感を見抜き、優しく寄り添ってくれた。
「ショウさんは、なぜそんなに心を閉ざしてしまうんですか?」
「僕は…誰にも愛されなかったから。妻にも、息子にも…」
「そんなことありません。あなたは、きっと誰かに愛されていたはずです」
僕は、死ぬ直前の光景を思い出した。妻からの激しい言葉の暴力、そして絶望に満ちた自分の顔。愛されていた? そんなはずはない。
ある日、成香は僕を夕日の見える丘に連れて行った。空は、赤とオレンジに染まり、息をのむほど美しかった。
「ショウさん、あなたはなぜ死んだんですか?」成香は、静かに尋ねた。
僕は、戸惑った。「どうして…それを聞くんですか?」
死因を知ることは、受容への第一歩だからです。目を背けていては、前に進むことはできません」
僕は、覚悟を決めた。自分の過去と向き合う時が来たのだ。「僕は…焼身自殺したんです」
成香は、何も言わずに僕を抱きしめた。彼女の温もりが、僕の凍り付いた心を溶かしていくようだった。
僕は、少しずつ自分の過去を語り始めた。幼い頃に両親を亡くし、親戚の家を転々としたこと。結婚後、妻から長年虐待を受けていたこと。そして、最愛の息子を残して、を選んでしまったこと。
語るうちに、涙が溢れてきた。抑えていた感情が、一気に爆発したのだ。成香は、ただ静かに僕の話を聞き、背中をさすってくれた。
「つらかったですね…本当に、つらかったですね…」
成香の言葉に、僕はますます涙が止まらなくなった。そして、気がついた。僕は、自分が死んだことを、ようやく受け入れられたのだ。
しかし、一つだけ、どうしても拭いきれない後悔があった。「息子…僕は、息子にひどいことをしてしまった。僕がいなければ、彼はもっと幸せに生きられたのに…」
「そんなことありません。あなたの息子さんは、きっとあなたのことを愛しています。あなたがいたからこそ、今の彼があるんです」
数日後、成香は僕をある場所へ案内した。そこは、現世の様子を映し出すことができる鏡の部屋だった。
「この鏡を通して、あなたの息子さんを見てみましょう」
僕は、恐る恐る鏡に近づいた。映し出されたのは、大人になった息子の姿だった。彼は、真剣な表情で仕事をしている。その顔は、どことなく僕に似ていた。
息子は、会社の帰りに墓地を訪れた。彼が向かったのは、僕の墓の前だった。息子は、墓石にそっと手を置き、何かを呟いている。
僕は、思わず声を上げたくなった。息子…僕の息子…。
息子は、深呼吸をすると、何かを決意したような表情になった。そして、持っていたガソリンを自分の体にかける…。
まさか…!?
僕は、大声で叫んだ。「やめろ! ダメだ! 死ぬな!」
その瞬間、鏡が激しく揺れ、映像が途絶えた。僕は、鏡に手を叩きつけ、必死に叫んだ。「やめてくれ! 死なないでくれ!」
「聞こえていますか、息子。生きるんだ。生きて、幸せになってくれ!」死後の世界から、僕はただひたすらに叫んだ。