Drama
21 to 35 years old
2000 to 5000 words
Japanese
目が覚めると、そこは見慣れない白い天井だった。ぼんやりとした意識の中で、自分がどこにいるのか分からなかった。最後に覚えているのは、妻の怒声と、ガソリンの臭い。ああ、そうか、僕は死んだんだ。
自分の名前はショウ。享年32歳。最期は、焼身自殺だった。情けない。死因を思い出すと、吐き気がした。
死後の世界は、想像していたものとは全く違った。天国でも地獄でもなく、まるで病院のような場所だったのだ。そこは『療養所』と呼ばれ、様々な死因で命を落とした人々が、心の傷を癒すために集まっていた。
「ここは、魂の療養所です」と、優しい声で説明してくれたのは、天使のような姿をした女性だった。「あなたはまだ、自分が死んだ事を受け入れられていません。ここでゆっくりと、受容のプロセスを進めてください」
しかし、僕は受容など求めていなかった。生前も、死後も、僕はただ孤独だった。誰とも話したくなかったし、何もかもが面倒だった。僕は、自分の個室に引き籠もることにした。
8年という月日が流れた。一日中ベッドの中で過ごし、食事もほとんど摂らなかった。体調が悪い、と訴えれば、誰かが薬を持ってきてくれた。それが、僕と外界との唯一の繋がりだった。
(会話)「ショウさん、少しは外に出てみませんか?」
ドアをノックしたのは、療養所の看護師をしている女性、成香(なりか)さんだった。彼女は、僕の担当になってからというもの、毎日、根気強く話しかけてきていた。
(会話)「ずっと部屋に閉じこもっていては、魂が腐ってしまいますよ?」
それでも、成香さんは諦めなかった。彼女は、毎日少しずつ、僕の心の扉をノックし続けた。
ある日、いつものように体調不良を訴えると、成香さんはいつもと違う顔をしていた。
(会話)「ショウさん、嘘はいけません。あなたは、本当はどこも悪くないでしょう?」
(会話)「いいえ、私は知っています。あなたはただ、自分が死んだ事を受け入れられないだけなんです」
成香さんの言葉は、僕の胸に深く突き刺さった。図星だった。僕は、死んだ自分を受け入れられずに、ずっと現実から逃げていたのだ。
(会話)「あなたの瞳を見ればわかります。あなたは、まだ何かを抱えている。苦しんでいる。だから、ここにいるのでしょう?」
その時、僕は初めて、成香さんの瞳を真正面から見た。彼女の瞳には、優しさ、理解、そして少しの悲しみが宿っていた。
言葉に詰まる僕を、成香さんは優しく抱きしめてくれた。
(会話)「大丈夫ですよ。あなたは、もう一人ではありません。私が、あなたのそばにいます」
成香さんの温かさに触れ、僕は堰を切ったように泣き出した。8年間、ずっと閉じ込めていた感情が、一気に溢れ出した。
その日から、僕は少しずつ、変わっていった。成香さんの助けを借りながら、僕は過去と向き合い始めた。 自分が死んだ事を受け入れるために、様々なセラピーを受けた。
最初は抵抗もあった。過去を思い出すのが怖かったからだ。しかし、成香さんはいつも僕のそばにいて、励ましてくれた。
(会話)「彼女は…僕を…人として見てくれなかった…言葉の暴力…身体的な暴力…毎日が…地獄だった…」
(会話)「僕は…息子を守りたかった…でも…もう…耐えられなかった…だから…僕は…」
僕は、泣きながら、全てを打ち明けた。成香さんは、ただ静かに、僕の話を聞いてくれた。
全てを話し終えた時、僕はまるで別の人間になったかのように、心が軽くなっていた。長年背負ってきた重荷を、やっと下ろすことができたのだ。
その後、僕は療養所で他の患者たちと交流するようになった。彼らもまた、様々な死因で深い傷を負っていたが、それでも前向きに生きようとしていた。彼らとの交流を通して、僕は死後の世界にも、希望があることを知った。
成香さんとの関係も深まっていった。僕たちは、お互いの心の傷を癒し合い、支え合った。彼女は、僕にとって、ただの看護師ではなく、かけがえのない存在になっていた。
(会話)「彼は、あなたの後を追おうとしているんです…」
僕は愕然とした。息子は、僕が死んだことを知って、深い悲しみに暮れているのだろう。そして、僕と同じように、死を選ぶかもしれない…
僕は、成香さんの手を握り、現実世界に戻る方法を教えてもらった。それは、死後の世界のルールを破る行為であり、大きなリスクを伴うものだった。
しかし、僕は迷わなかった。息子の命を救うためには、どんな犠牲も惜しまなかった。
そして僕は、現実世界に戻った。しかし、僕の魂は、息子のそばにしか留まることができなかった。
息子は、屋上に立っていた。彼の目は、絶望に染まっていた。
(心の声)「やめろ! 死ぬな! まだ…間に合う!」
僕は、必死に叫んだ。しかし、僕の声は、息子には届かない。
その時、僕は自分の過去を思い出した。 虐待に苦しみ、死を選んだ、情けない自分の姿を。
(心の声)「息子…お前は…僕とは違う…強く生きてくれ!」
僕は、魂の全てを使って、息子に語りかけた。僕の思いは、少しだけ、息子に届いた気がした。
僕は、安堵の息をついた。そして、死後の世界へと戻っていった。
その後、息子は、大学に進学し、立派な大人になった。彼は、父の死を乗り越え、自分の人生を力強く生きていった。
僕は、死後の世界から、息子の成長を見守り続けた。そして、いつか彼に再会できる日を、心待ちにしていた。